« 2014年9月 | トップページ

2014年10月 1日 (水)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 14.

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 14.

Dscn41907月5日(土)は、午前8時にリレハンメルのホテルをバスで出発し、西側に

Dscn4187位置するフィヨルドで名高い「ガイランゲルへの入り口にな

Dscn4194るオンダルスネス」に向かいました。高速道路約210km、3時間半のロング・ドライブでした。途中の景色は、岩石が鋭く削られて芯だけが残ったような山々が続きますが、時折美しいフィヨルドの流れにその姿を映していました。雪解け水が流れている滝も遠望できました。

オンダルスネスからは、18ヵ所のナショナル・ツーリスト・コースの一つである「トロルスティーゲン~ガイランゲル・コース」に入りました。1990年からノルウエーの国家観光プロジェクトとして建設が始まった別称「寄り道プロジェクト」は、2015年に完成するとのことです。このプロジェクトのデザインは、(1)環境との調和 (2)高度のデザイン性 (3)「大自然をどれだけ体感できるか?」 などをチェック・ポイントとして、建築家・デザイナーやアーティストを集めて入念なコンペを行って決めたものです。言い換えると、コンテンポラリーな造形と、自然の持つ絶景とをシンクロナイズさせることなのだそうです。

Dscn419520kmほど南西に進むと、トロスティーゲンの町に着きました。入り口からコ

Dscn4196ンペに勝ち抜いたアイデアが生きていました。最初に出

Dscn4198会ったのが、ノルウエーに伝承される民話

Dscn4216_2の主人公・「トロル人形」です。女の子をさらうという悪さもする「山の妖精」です。次の小さな公園の入り口にも痩せた妖精風の男の人形が置かれていました。この公園の奥には、景色に溶け込むようなデザインの小さな家がいくつも建っていました。

Dscn4219_2昼食後、バスは11のヘア・ピン・カーブを曲がりながら、この国の森林限界

Dscn4215_2といわれる850mまで上りました。ヴァルダールの村に着

Dscn4209_2き、展望台から海に近い低地を見下ろした

Dscn4213り、流れ落ちる滝などを見物しました。ここの展望台も、コンペに勝ち抜いたデザインのようです。

つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月 2日 (木)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 15.

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 15.

Dscn4222トロールスティンゲンの高台から、バスはイストラ川沿いに下り、南西に

Dscn422430kmほど進んで、フィヨルド近くの港町・リンゲル

Dscn4227に着きました。リンゲルからは、渡し船ならぬ渡しフェリーにバスごと乗って、対岸の港町・エイスタールに向かいました。乗船時間は僅か10分間でしたが、厚い雲が空を覆っていて、冬場の北欧の空はこの様な感じなのかと想像しました。

Dscn4229この港町からバスは南方約20kmの「ガイランゲル港」を経て、南側の高台

Dscn4230にある展望台に着きました。高台から見えるガイランゲル・

Dscn4232フィヨルドの景色は、雄大でした。展望台

Dscn4240から坂を半分ほど下ったところに、遊歩道もありました。ここから見えるフィヨルドの景色も見事です。この夜の宿泊は、ガイランゲル・フィヨルドに面した部屋のある、「ガイランゲル・ホテル」です。部屋から見える港町の風景にも趣がありました。

Dscn4236ガイランゲル・フィヨルドについて、案内書では次のように紹介されていま

Dscn4237す。 「このフィヨルドは、海岸から深部に向かってゆっくりとカーブしながら入り込む最深部に位置しており、周囲を切り立った山々に囲まれた秘境。細く、複雑に入り込んだ入江やトロルスティーゲンからの絶景が見どころ。ゴールデン・ルートと呼ばれる観光ルートは、世界屈指の景観を誇る。」…と。

今まで、「フィヨルド」と気楽に表現してきましたが、私の考える「フィヨルドの定義」は、次の通りです。 (1)海とどこかで繋がっていること。 (2)数万年もの時間を掛けて数千メートルも積もった雪が、解けずに固まったものが「氷河」。その氷河によって形成されたU字谷が沈水してできたものであること。…です。   つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月 3日 (金)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 16.

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 16.

Dscn4243_27月6日(日)は、朝7時45分にバスがホテルを出るところから始まりました。

Dscn4244最初の約1時間は、ガイランゲル・フィヨルドのフィヨルド・ク

Dscn4245ルーズです。バスを乗せたフェリーは、8時にはゲイランゲル港を出発しました。この日は、前日のような高いところから眺める景色とは違って、水面に近い船から水深200mといわれる透明な水を眺めます。港を出るとすぐ、北側の山から流れ落ちる滝が見られました。

Dscn4254さらに先に進むと、同じく北側に250mの高さから競うように流れ落ちる「七

Dscn4256人姉妹」と呼ばれる滝が迫ってきました。滝が7本かどうかは定かではありませんが、滝に名付けられた名称から想像すると、滝の流れる道は決っているようです。七人姉妹の滝の対岸には、徳利型に見える「求婚の滝(別称:酔っ払いの滝)」が見られます。この辺が、人気の高いガイランゲル・フィヨルドのベスト・ビューのようです。七人姉妹に求婚した男が、振られてしまい、自棄酒を飲んだという民話があるようです。

Dscn4260フィヨルドは朝の光の下で眺めると美しさに加え、荘厳さも感じます。S字

Dscn4259のカーブを描く約16kmのガイランゲル・フィヨルドは、緑の

Dscn4266多い森林に見えますが、1940-1960年代は、農場として栄えていたそうです。その後、冬の厳しい寒さもあって、徐々に人口は減りました。

Dscn4262クルーズの途中に、二つの面白いものに出会いました。一つは「屋根に芝

Dscn4264が生える家」です。暑さ対策と寒さ対策を兼ねて、屋根に白樺を敷き、芝生を植えるというこの地方の伝統的な建築なのだそうです。もう一つは、「ラッピングされた干草」です。冬の時期の家畜の餌として、蓄えるものです。一包みは、50kgと、かなり重いそうです。   つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月 6日 (月)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 17.

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 17.

Dscn4267朝8時にバスを乗せてガイランゲル港を出発したフェリーは、9時過ぎに西

Dscn4272のヘレシルト港に着きました。氷河見物のため、ヘレシルト

Dscn4269港からは、バスで87kmほど南に位置する

Dscn4271ブリクスダールに向かいます。その途中で、西側のノール・フィヨルドやノルデン湖をバスの車窓から眺めたり、林業や木材業が盛んな人口6700人の町・ストーリンを見たりしました。

Dscn4279「ブリクスダール氷河」の入り口には10時45分に着きましたが、予期しない

Dscn4283サービスが阪急交通社によって、用意されていました。多

Dscn4281くの観光客が歩いて片道45分掛かる氷河

Dscn4287までの往復に、「7人乗りのジープ」が用意されていたのです。わが旅仲間は6台のジープに、分乗しました。氷河までの途中に、豊富な滝の水が降りかかる場所もあるので、ビニールの膝掛けも配られました。15分でジープを降り、歩いて氷河に到着しました。氷河は遠くからはブルーに見えます。氷河の溶けた水は無色透明で、指を入れるとかじかむほどでした。

Dscn4291_2このブリスダール氷河は、1870年代に蒸気船によって、見出されました。

Dscn4290ヨーロッパ最大という標高2000mの大地に487平方kmの広さを持つ、「ヨスタデール氷河の支流の一つ」なのだそうです。氷河は山の頂まで800m続いているようです。     つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月 7日 (火)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 18.

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 18.

Dscn431812時半にブリクスダールのレストランで、ホワイト・アスパラガスのクリー

Dscn4322ム・スープと鱒のグリルの昼食後、バスは3時間掛けて南

Dscn4321側161kmに位置するソグネ・フィヨルドに向

Dscn4330かいました。バスの車窓からは、ノルド・フィヨルドを眺めたり、人口3000人のシエイの町を見たりしました。途中の道で印象深かったのは、ラールダールとアウルラン間の全長24.5kmで、ヨーロッパ最長といわれる「ラール・ダール トンネル」を通ったことです。バスの運転手は気を利かせて、私たちがこのトンネルを観察できるように、降車時間をつくってくれました。

Dscn4332トンネルの中に、三叉路があったり、明るい光線でライト・アップされた「車

Dscn4329の待避所」も設けられていました。スエーデンやノルウエーを旅行して気づくのは、固い岩石で囲まれた地に、道路やトンネルを造る技術に優れていることです。ノーベル賞の創設者で、ダイナマイトの発明者でもあるアルフレッド・ノーベル(1833-1896年)を生んだ北欧の「ダイナマイトによる建設技術の蓄積」が花開いているのかもしれません。

Dscn4323その後、バスはソグネ・フィヨルドの北岸のマンエラー港に着き、ソグネ・

Dscn4327フィヨルドのカー・フェリー渡しに乗って、対岸のフォンデス港に渡りました。ソグネ・フィヨルドについて、案内書は次のように説明しています。「ヨーロッパで最も長く、最も深いフィヨルドが、ソグネ・フィヨルド。長さ204km、水深は最深部で1308m。ベルゲンの北から内陸に延び、先にゆくほど、何本もの細いフィヨルドに枝分かれしている。」…と。

Dscn4334_2フォンデス港から、さらに1時間・52kmのドライブで、午後6時にこの日の宿

Dscn4339泊地・フラム港のフレット・ハイム・ホテルに着きました。正

Dscn4335面玄関からホテルを見ると、ここが港町であるという感じはしませんが、海陸の主要な拠点のようです。ホテルの内装もなかなか洒落ていました。    つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月 8日 (水)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 19.

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 19.

Dscn43497月7日(月)は朝食後、出発まで時間の余裕があったので、ホテルの近辺

Dscn4344を散歩しました。案内人のいない朝の時間に、気の向くま

Dscn4347まに歩き回るのも、旅の楽しみの一つで

Dscn4350す。前日は、バスで夕方ホテルに到着したこともあって、フラムの土地の感じがつかめていませんでしたが、この町がフラム鉄道駅

Dscn4341の出発点で、大型客船の主要な港であることは、すぐに分かりました。宿泊したフレットハイム・ホテルの正面玄関がガラス張りであることや、ホテル前に植えられたたくさんの木々の中にリンゴが実っていることに、気づきました。山々の緑は濃く、豊かな町のようでした。

Dscn4383ホテルから港までは、歩いて3分です。バスは港の駐車場に置いて、午前9

Dscn4353時出発の「2時間のソグネ・フォヨルド・クルーズ」に出発し

Dscn4355ました。港を出てすぐに、乗船したのと同じ

Dscn4361クルーズ船に出会いました。私たちのクルーズ船にはたくさんの中国人観光客も乗船していて、近寄ってくるカモメに「パンの餌やり」で、たいへんな賑わいでした。

Dscn4364奥にネーロイ・フィヨルドが見える地点は、「大きな滝」があり、激しく水が落

Dscn4379ちていました。そこからUターンして、グドヴァンゲン港に11時20分に到着し、バスで12時前にフラムに戻りました。   つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月 9日 (木)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 20.

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 20.

Dscn4399フラムの町で、トマト・スープとポーク・ロインの昼食をとった後、フラム駅発午後1時35分のフラム鉄道に乗りました。目的地は、北方向約20kmに位置するベルゲン鉄道と交わる「ミュルダル駅」です。標高886mという高地にあります。フラム鉄道は、風光明媚なソグネフィヨルド地方と主要鉄道を結ぶために、1941年から旅客列車が運行されました。1944年に電化され、1998年に民営化されています。

Dscn4387最初はなだらかな景色ですが、列車が傾斜を上り始めると車窓から見える

Dscn4391川の流れが急になります。途中の標高669mの「ショース・

Dscn4393_2フォッセン駅」では、一時停車して、「ショー

Dscn4398スの滝見物」の時間が用意されていました。落差93mとのことで迫力を感じます。午後2時半に着いたミュルダル駅で、ノル

Dscn4396ウエー国鉄・ベルゲン鉄道に乗り換えました。乗り換えた列車からは、西方約40kmに位置する「ヴォス駅」で午後3時半下車です。

Dscn4400ヴォスに向かう列車の車窓から見える景色は、積雪こそあるものの穏や

Dscn4409かでした。ここでバスに乗り換えて約40km東方に位置する

Dscn4415ウルヴィックに午後5時に着きました。ウル

Dscn4420ヴィックは、別称「寄り道街道」と呼ばれる18のナショナル・ツーリスト・ルートの中の2つに所属しているようです。ノルウエーの五大フィヨルドの一つであるハダンゲル・フィヨルドに面した最東の町です。この日の宿泊は、ウルヴィックのホテル・ブラカネスです。   つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月10日 (金)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 21.

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 21.

Dscn4423ハダンゲル・フィヨルドに面したウルヴィックの町は、緩やかな山稜が連な

Dscn4424り果樹園の多い牧歌的な雰囲気で、「癒しの場所」と

Dscn4425表現できそうです。このフィヨルドは、最も

Dscn4422女性的な美しさをもつといわれており、全長179kmは、世界で3番目に長いフィヨルドだそうです。(ノルウエーでは、ソグネ・フィヨ

Dscn4438ルドに次いで2番目) 7月8日(火)も、早朝に時間の余裕があったので、ホ

Dscn4441テル・ラディソン・ブルーの近所の散歩を楽しみました。教会の尖塔や、コープの経営する商店も見えました。フィヨルドの澄んだ水には、山々が眞逆に映っていました。

Dscn4442午前7時45分にバスは、160km西方に位置する都市・ベルゲンに向かいます。途中の道は「寄り道プロジェクトの道」です。人口1000人の町・グラヴィンを過ぎてすぐに、人口3000人の町・ノルメイムスンに入ります。すぐに、完成したばかりという「巨大な吊り橋」に出会いました。首都・オスロと第二の都市・ベルゲンを結ぶ国道7号線の効率向上を狙った建造物ですが、デザイナーのコンペで勝ち抜いた作品だからでしょうか、景観と見事に調和していました。

Dscn4456さらに進んで、家具の町・オステモを過ぎて人口3000人ながら、ノルウエー

Dscn4458最大の国定公園を持つ町・ノールハイムスンに着きまし

Dscn4461た。ここで、「スタンダールの滝」を見学しま

Dscn4462す。この滝は落差80mと大規模ではありませんが、滝に到る小道から滝の周囲まで、建造物に工夫がされています。この滝の特徴である「流水を裏から見られる滝」の手すりの設計も、デザイナーのコンペで勝ち抜いた作品のようでした。   つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月14日 (火)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 22.

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 22.

Dscn4473スタンダールの滝から約1時間で、バスはノルウエーの最も西に位置して

Dscn4475いる人口約27万人のノルウエー第二の都市・ベルゲンに

Dscn4479着きました。この日も空は晴れ上がってい

Dscn4481て、フィヨルドの水は透明度を増していました。ベルゲンの街の歴史は古く、1070年にオーラフ・ヒッレ王によって拓かれ、12-13世紀はノルウエーの首都でもありました。14世紀に入るとドイツの多くの都市を中心に北海周辺諸国の商業発展を目指した「ハンザ同盟」が成立しましたが、ベルゲンもこの同盟の有力なメンバーでした。この街の発展を支えたのは、名産である干鱈の輸出と、ドック業(艦船の製造・修理・清掃などを行う海辺の施設)でした。19世紀までは、「北欧最大の街」だったそうです。街に入っての第一印象は、「倉庫群が美しい」ことでした。

Dscn4482最初に訪れたのは、街の中心からやや東側に位置する「フロイエン山」で

Dscn4486す。標高320mの山頂までは、百人以上を収容できる大型

Dscn4503のケーブルカーを利用しました。傾斜26度

Dscn4496というかなり急な坂(全長844m)を上下します。頂上からは、ハダンゲル・フィヨルド内の雄大な景色を眺められます。古くからの港

Dscn4487

町ですが、明るい陽光の下、現在も輝く街でした。    つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月15日 (水)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 23.

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 23.

Dscn4507フロイエン山のケーブルカー乗り場から西に200mほど歩いたベルゲン湾

Dscn4510の一角に、1979年に世界遺産に登録された「ブリッゲン」

Dscn4512があります。ブリッゲンとは、ノルウエー語

Dscn4514で「埠頭」を意味します。ハンザ同盟の全盛期であった13-16世紀に建てられたカラフルで奥行きの深い「木造倉庫」を中心とした

Dscn451758の古い建物が並んでいる地域が、ブリッゲンです。その頃はたくさんのドイツのハンザ商人の家や事務所が置かれている「ドイツ人街」もありました。倉庫の中は、ノルウエー産の魚と中央ヨーロッパ産の穀物で満たされていたそうです。現在も商店やレストランが営業しています。何度かの火災に見舞われたものの、その度に同じように復元・修復されました。古い建物と建物の間に、この街の発展に貢献したという「干鱈の像」があり、可愛い女の子がこの像に乗っていたのが印象的でした。

Dscn4526その後、南に200mほど歩いて、「魚市場」を覗きました。鱈、鮭、海老や

Dscn4533「キャビア」と呼ばれる魚の卵から作られるチューブに入っ

Dscn4539たペーストも売られていました。さらに歩行

Dscn4540者専用の小道を通ってレストランに行き、ミックス・サラダとパスタの昼食を済ませ、その後に約2時間の自由時間があったのでベ

Dscn4521ルゲン湾付近の見物で過ごしました。歩道に置かれた青銅製の彫刻を眺めたり、再び魚市場を訪ねて珍しい「糸巻き鰾(いとまきえい…Sea Devil)」や「干鱈」を眺めたりしました。この辺りは外国人に人気のあるところで、たくさんの観光客で賑わっていました。

Dscn4522_2最後にベルゲン湾を愛でて、午後3時半に空港に向かい、4時には到着しました。約2時間の勿体ない時間を過ごし、ベルゲン発6時10分発のスカンジナビア航空機で、8時20分にデンマークの首都コペンハーゲンに到着しました。   つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月16日 (木)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 24.

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 24.

Dscn4549午後7時半近くに、今回の北欧周遊旅行の第4番目の国・デンマークの首都・コペンハーゲンに着きました。北欧の7月のこの時間は、まだ外は明るくて、バスの車窓から外の景色も楽しめました。コペンハーゲンの中心街は、国際空港から北へ10kmほどのところにあります。移動するバスに乗車してすぐに、現地ガイドから次の説明がありました。

Dscn4562この国の面積は、日本人の考える広さより小さく、北海道の半分をやっと超える広さしかないこと。人口が550万人(首都コペンハーゲンは52万人)と少ないこと。「脱原発」を世界で最初に宣言した国で、風力発電の先進国であること。環境改善のためには、街を走る車の数を減らすことが大事であると考え、路面電車を多用し自転車使用を奨励していることなど…です。公有の自転車を、随所に置かれた「自転車集結所」から自由に拝借して、目的地で返却する制度です。気づくと、街中をたくさんの自転車が走る姿に出会いました。

Dscn4546限られた夕暮れ時間に、コペンハーゲンの中心街を歩き、クリスチャン教

Dscn4545会を外から見学したり、国立博物館の脇道の散歩を楽し

Dscn4548みました。街のレストランの夕食は、アスパラガスのスープとミート・ボールでした。久しぶりにアジア風のレストランを選んだようですが、中国人経営とみえるこの店は、照明が暗過ぎて期待はずれでした。

Dscn4554_2午後10時に、この日宿泊するラディソン・ブルー・ロイヤル・ホテルに着きま

Dscn4553した。この20階建てのホテルは、デンマークが誇る世界的

Dscn4556なデザイナーのアーネ・ヤコブセンの設計

Dscn4552によるものです。内装が綺麗なホテルには、カジノもあり、アジア式や和食のレストランもありました。    つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月17日 (金)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 25.

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 25.

Dscn45557月9日(水)は、午前4時に起床して、北欧最後の日の朝日を眺めるところ

Dscn4557から始まりました。ホテルの周りを歩き、市庁舎の尖塔を

Dscn4559_3遠望しました。バスは7時40分にホテルを

Dscn4565出発し、シェラン島北東部のヘルシンゲルにある「クロンボー城」に向かいます。この城は、ウイリアム・シェイクスピア(1564-1616

Dscn4568年)の戯曲「ハムレット」の舞台になりました。なお「ボー」とはデンマーク語

Dscn4573で、「城」を意味するそうです。途中で、カラフルな市営バスに出合ったり、デパートを遠望したり、美しい海や波止場を眺めながら進みました。農村も豊かそうに見えます。

Dscn45868時20分にクロンボー城に着きました。この城があるシェラン島は、東側の

Dscn4588対岸7kmのヘルシンボリと呼ばれる地域で、スエーデン領

Dscn4578だそうです。城は15世紀にエリック7世王が

Dscn4579「船の通行税徴収」を目的として建設したのが始まりでしたが、一度寂れてしまいました。1585年にフレデリク2世の命により再建さ

Dscn4583れました。1629年には失火により城の大半を焼失しましたが、ただちにクリスチャン4世により、修復されました。その後はスエーデンに最も接近した場所として、幾度かの戦争を経て、1924年から現在の姿に改修されました。歩いて城に近づくと、城を囲む堀と城壁が輝きを増す感じがします。城壁には、海に向けて大砲も置かれていて、往時の戦いを偲ぶこともできます。城内には、赤レンガで建てられた王族の部屋もありました。   つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月20日 (月)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 26.

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 26.

Dscn4600クロンボー城の後、バスは南西に20kmほど進み、「フレデリクスボー城」に

Dscn4601着きました。建物の一部は改修工事中でしたが、ルネサン

Dscn4605ス様式の王宮は荘厳な感じを与えます。

Dscn4606入り口の門も重厚な建築でした。周りを囲む湖は、見事に王宮の景観と調和しています。王宮の青銅色の尖塔や銅像も、レンガ色

Dscn4608の建物に溶け込んでいるように見えます。

Dscn4611_2広々とした王宮前の広場から見る全景はまことに見事ですし、建物の隅々

Dscn4612に置かれた彫刻物も歴史を語りかけてくる雰囲気がありま

Dscn4617す。たくさんの子どもたちも訪れて、見学中でした。表情豊かなライオンの彫り物は、みんなの人気を集めていました。

Dscn462116世紀の中頃、クリスチャン4世の父・フレデリック2世王が、地方貴族からこの城を入手したのが始まりです。60年間の歳月

Dscn4618をかけて、1620年にルネサンス様式を取り入れて改築されましたが、クリスチャン4世の尽力が大きかったようです。1859年に大火に遭い、城の大部分を焼失してしまいました。

Dscn4623_2経済的に余裕のなかった王室のために、デンマークが誇るビール会社・カールスバーグの創業者・J.A.ヤコブセンの援助により、王宮は再建されました。城を囲む湖の対岸には、フランスの造園技術を取り入れたというバロック庭園もありました。    つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月21日 (火)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 27.

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 27.

Dscn4627フレデリクスボー城の後バスは南南西に向かって進み、コペンハーゲンの東側に

Dscn4629位置する「人魚の像」に向かいました。途中の道は田園風

Dscn4631景が広がり、その中にデンマークの誇る

Dscn4632「エコ発電の雄・風力発電用の風車」が回っていました。また、自動車を減らす「エコ環境づくり」の象徴でもあるたくさんの自転車が、バスの停留所に集結しているのも見掛けました。多くの赤信号で、停まる自転車の数が自動車の数を上回っていました。

Dscn4634コペンハーゲンの人気名所の一つである人魚の像は、デンマークの生ん

Dscn4636だ作家・詩人のハンス・クリスチャン・アンデルセン(1805-

Dscn46371875年)が書いた子どものための童話集

Dscn4640の中の「人魚姫」を主人公にしています。全長僅か80cmの愛らしい像は、1913年に彫刻家・エドワード・エッセンによって、作られました。その当時、劇場で上演されていた「人魚姫」を見たカールスバーグの2代目社長・カール・ヤコブセンが制作のアイディアを出したそうです。大筋は、難破船から人魚姫が救い出した「王子さま」との間の悲しい物語です。この像を海から眺める観光客もいました。地元の人が、「人魚の像ほど人気はありませんが、この公園にはもっと大きな像もあります」といって、案内してくれたのが、大きな男性像でした。

Dscn4662次に向かったのは、「アメリエンボー宮殿」ですが、途中で運河に沿って並

Dscn4665ぶカラフルな木造家屋が見えました。先に訪れたノルウエー・ベルゲン市の「ブリッゲン地区」に似ている風景を思い出していました。この日は、北欧では珍しい暑い日で、たくさんの人たちが木陰に涼をもとめていました。   つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月22日 (水)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 28.

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 28.

Dscn4642この旅の最終訪問地は、コペンハーゲンにある「アマリエンボー宮殿」で

Dscn4649す。正午から宮殿前で行われる「衛兵の交代式」を見学するため、午前11時過ぎに到着しました。八角形の広場の周りに配置された4つのロココ調の建物で、構成されています。広場の中央には、この宮殿の造営者であるフレデリク5世の騎馬像が置かれていました。1972年1月に即位した女王・マーグレーテ2世の居城にもなっており、前の広場は常に開放されていて、観光客を温かく迎えてくれます。

宮殿というと華やかな建物であるのが普通ですが、率直にいってこの宮殿の佇まいは質素です。初めから王宮として建てられたのではなく、4家の貴族の建物を、王家が購入して宮殿としたからです。1794年に当時の王の居城であったクリスチャンボー城が焼失したための対応策でもあったわけです。華美を嫌うデンマーク国民は、地味な王宮に、より親近感をもつようです。

Dscn4644いまや観光行事になっている交代式の時間になると、観光客は衛兵の近

Dscn4646_2くまで寄り進む状況です。さすがに式が始まると観客

Dscn4647も静まり、衛兵は格調高い行進を行いまし

Dscn4653た。衛兵が被っている帽子は、熊の黒い毛でできていますが、ふさふさと輝いていました。王宮の北東側には、2005年に完成したオペラ・ハウスも見えました。

Dscn4655その後、バスは中心街のニュー・ハウンに向かいました。港の近くで、「碇

Dscn4664型の慰霊碑」が港のそばにあって、菩提樹に囲まれた景

Dscn4655_2色も目に留まりました。王立劇場や当時の

Dscn4654クリントン米国大統領も宿泊したという高級ホテルやフランス大使館の前を通って南に向かい、午後1時半に国際空港に到着しまし

Dscn4656

た。午後3時45分にコペンハーゲンを発ち、所要時間11時間で、翌7月10日

Dscn4660

午前9時半過ぎに成田空港に戻りました。私たちの旅仲間7人全員、無事に帰国しました。

主な感想は、「7月のノルウエーの景色は素晴らしかった」ということですし、森田添乗員の、「今まではヨーロッパの自然の素晴らしさは、『スイスが一番』と言い続けてきましたが、『7月のノルウエー』を見て言い方を変えようと思います」との発言が印象的でした。私も、今後「7月の北欧の自然の美しさ」をPRすることにします。

この項終わり。

都合により、2005年7月まで、掲載を休みます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年9月 | トップページ