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2014年9月 8日 (月)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 1.

7月1日(火)から7月10日(木)まで、「北欧4ヵ国周遊 10日間の旅」に参加しましたので、旅の思い出を綴ります。

私どもは、「年に一度の欧州旅行」を2003年から実行し、今回で11回目となります。今までの訪問国を列記しますと、次のようになります。 (1)スペイン (2)英国 (3)イタリア (4)フランス (5)ドイツ (6)スペイン & ポルトガル (7)中欧5ヵ国(オーストリア・チェコ・ドイツ・スロバキア・ハンガリー) (8)旧ユーゴスラビア(クロアチア・スロベニア・モンテネグロ・ボスニアヘルツエゴビナ) (9)ベネルクス3ヵ国(オランダ・ベルギー・ルクセンブルク) (10)ブルガリア & ルーマニア (11)北欧4ヵ国(フィンランド・スエーデン・ノルウエー・デンマーク) です。

今回の旅も阪急交通社の主催する「トラピックス」と呼称されるパッケージ・ツアー(旅程・訪問先・食事などすべて主催者が用意する丸抱えの旅)への参加です。参加者は総勢38名、その中私どもの仲間は7人という大所帯です。旅仲間の多くは、複数回私どもの旅行に同行したことのある気心知れた人たちです。   つづく

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2014年9月 9日 (火)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 2.

北欧周遊 10日間の旅 2.

阪急交通社のこの旅に対する宣伝には、次の点が強調されていました。

(1)北欧の翼・「スカンジナビア航空」を利用する (2)ノルウエー人が一番訪れたい「ゲイランゲル・フィヨルド」まで足を延ばす。また、絶景の「ブリグスダール氷河」など圧巻の大自然に迫る (3)日本人観光客に人気の「ソグネ・フィヨルド」、湖のような美しさの「ハダンゲル・フィヨルド」を観光 (4)バルト海クルーズで「1泊2日の大型客船の旅」を味わう (5)5つの「世界遺産観光」への案内 その5つとは、①フィンランドの首都ヘルシンキの「スオメンリナ島」 ②スエーデンの首都ストックホルムの「ドロットニングホルム宮殿」 ③ノルウエーの首都オスロ近くの「ネーロイ・フィヨルド」 ④ノルウエー・ベルゲンの「ブリッゲン地区」 ⑤デンマーク・北シェラン島の「クロンボー城」 です。 (6)二つの鉄道(「ベルゲン鉄道」と「フロム山岳鉄道」)に搭乗などです。

加えて、宿泊するホテルのレベルが高いことや23回の食事付のPRにも力が入っています。

私は、ノルウエー政府が1990年代から進めたという18箇所の観光ルート・「ナショナル・ツーリスト・ルート(通称は「寄り道プロジェクト)」がほぼ完成したとのことで、このルートのデザイン性の高い建造物・展望台などを訪ねるのが楽しみでした。   つづく

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2014年9月10日 (水)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 3.

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 3.

旅は7月1日午前11時40分成田空港発のスカンジナビア航空984便で始まりました。最初の目的地のフィンランドのヘルシンキに直行するのではなく、デンマークのコペンハーゲンで乗り継ぐことになっています。乗り継ぎ地まで11時間25分掛かり、さらに1時間35分掛けて目的地のヘルシンキに向かいますが、到着は現地時間の午後7時25分の予定です。日本との時差は、マイナス6時間です。乗り継ぎ便は同じ航空会社のスカンジナビア航空1724便ですので、荷物は成田で搭載の後直送され、ヘルシンキ空港での受け取りになります。

乗り継ぎ地コペンハーゲンに到着するのが、現地時間で午後4時05分、次の便の出発が午後4時50分と、乗り継ぎ時間に余裕がないことが気になっていました。

ヘルシンキに到着はしたものの、わが旅行グループ38名中27名分の荷物がヘルシンキ空港に未着であることが分かりました。私たち7名の小グループに関しては、私の分を含めて3名分の荷物も未着でした。よく、このような荷物のトラブルが生じるので、1-2日分の下着類は携行荷物に含めるようにとのアドバイスを受けますので、不便は回避できました。

同行した阪急交通社の森田添乗員の情報では、「一部の荷物は、乗り継ぎ便に搭載できず、深夜便でヘルシンキに着きます。ホテルには、明早朝5時30分に届けられます」とのこと。翌早朝確かに一部の荷物はホテルに配達されましたが、わが小グループで到着したのは一人分のみでした。前夜の空港で荷物の到着を待つ長い時間に、暇に任せて他の航空便カウンターの荷物到着の様子を観察したところ、スカンジナビア航空の「タ-ン・テーブルの管理の甘さ」が目に付きました。受取人のいないターン・テーブルを荷物だけが長時間回っていたのです。

夕食は、レストランでとる時間がなく、配られた「乾燥にぎり飯」となりました。宿泊ホテルは空港近くのホリデーイン・ウエスト・ルオホラティーでした。ホテルが迷路風になって歩き難いつくりで、その上廊下の電気が停電中でした。同行した森田添乗員が、客をイライラさせない特殊能力を持った人なのが救いでしたが…。   つづく

都合により、今週の掲載を休みます。再開は9月16日の予定です。

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2014年9月16日 (火)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 4.

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 4.

Dscn3913_77月2日(木)は、フィンランドの首都・ヘルシンキ近くの名所見学です。前日

Dscn3914の夜は、北にある国際空港近くのホテルのホリデイイン・ウエスト・ルオホラーティーに宿泊しましたので、この日は、8時半発のバスで南に位置するエテラ港のフェリー乗り場に向かいました。世界遺産の「スオメンリンナ島」を訪問するためです。

Dscn3921船着場に近い「マーケット広場」近くの市場では、魚・野菜・果物などのマー

Dscn3939ケットも、賑わっていました。私たちは、小型のフェリーで「スオメンリンナ島」に向かいましたが、近くをViking Lineの大型船も走行していました。

Dscn39251991年に世界遺産に登録されたこの島は、スウエーデン・ロシア戦争、ク

Dscn3926リミア戦争やフィンランドの国内戦争の舞台となった歴史

Dscn3927があります。フィンランドの南の海岸を守る

Dscn3932「防御壁が張り巡らされた要塞」です。4つの島からなるこの地には、各所に大

Dscn3938_2砲が置かれています。また、ドックを兼ねた大型船の停泊所などは往時を偲ばせます。今では、大砲の置かれた野原は、のどかな散策路になっていました。   つづく

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2014年9月17日 (水)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 5.

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 5.

Dscn3945バスは次にヘルシンキの西側に位置する森と海に囲まれた「シベリウス公園」に向かいました。バスを降りてから森林の中の小道を歩きます。白樺・樅(モミ)・槇(マキ)などの高木が群生していましたが、北欧の陽光の強さが影響しているのか、「樹木は細く、高く」伸びているのが印象的でした。

Dscn3942公園は、たくさんの交響曲をつくったことで知られる・フィンランドの代表的

Dscn3943作曲家ヤン・シベリウス(1865-1957年)を記念して造られたものです。御影石の上に置かれたシベリウスの肖像オブジェと、銀色に輝く当時には珍しいステンレス・パイプのモニュメントがありました。これらの二つの作品は1967年に女性彫刻家のエイラ・ヒルトウネンによって製作されました。

Dscn3946次にバスは、ロック・チャーチ(岩窟教会)という別称もあるルーテル派の

Dscn3949「テンペリアウキオ教会」に到着しました。1969年に完成し

Dscn3950たというこの教会は、岩を自然な形で活用するという考えで造られたといわれています。ドーム型の屋根が特徴で、パイプ・オルガンも美しく配置されていました。

Dscn3952次にバスは、西に1kmほど進み、ヘルシンキの中心部に入りました。

Dscn3953ここを代表する建物の「ヘルシンキ大聖堂」を見学しました。

Dscn3956ルーテル派の大本山というべき大聖堂

Dscn3955は、カール・エンゲルのデザインで、30年の歳月を費やして1852年に完成しました。天に伸びる3つのドームがあるシンメトリカルな

Dscn3959外観に人気があるようです。大聖堂に従う形で、南側に3000平方メートルの広さを持つ「元老院広場」があります。その広場の南側に「アレキサンドル2世像」がありますが、「フィンランド語を公用語にした」という王様です。広場の周辺には、市庁舎・ヘルシンキ大学や議事堂もありました。広場には、たくさんの彫像も置かれていました。   つづく

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2014年9月18日 (木)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 6.

北欧4ヵ国 10日間の旅 6.

Dscn3960ヘルシンキの元老院広場から、昼食のレストランに向かう道に面白い豚の

Dscn3965彫像が置かれていて、旅仲間の人気を集めていました。昼食はカラクッコと呼ばれる固いライ麦パンに酢漬けのニシンが挟んであるサンドイッチ風の料理がメインでした。牛の煮込みや野菜サラダも付いた洒落た食事でした。

Dscn3985_2昼食の後は、人口60万人の首都ヘルシンキから、西方165kmに位置する

Dscn3978_3フィンランドの第三の都市・トウルク(人口18万人)に向かいました。途中の道は、のどかな牧草地や麦畑を見たり、岩がむき出しの土地を通ったり、キシリトールの原料となる白樺やフィンランドの世界的なブランドの家具・イケアの広告を見たりで、退屈はしませんでした。

トウルクは、1229年にローマ教皇がこの地に司教座を置いたことで町が築かれ、1812年にヘルシンキが首都となるまで、フィンランドの中心都市として栄えました。1640年にはスウエーデンのクリスティーナ女王によって、オーボ王立アカデミー(ヘルシンキ大学の前身)も建設されました。

Dscn3966町の中心を「アウラ川」が流れ、川の南岸には1300年に立てられた「トウル

Dscn3968ク大聖堂」があります。フィンランドで、最も由緒ある教会と

Dscn3971されていますが、完成後700年以上経過し

Dscn3972た現在でも、教会活動は行われているそうです。高さ101mの塔は、町のシンボルになっています。大聖堂内の回廊や宗教画も由緒あるものが多いようです。「最後の晩餐」の画や近代的なパイプ・オルガンも印象的でした。

Dscn3981町の西、アウラ川の河口を守る形の石造りの堅固な建物は、「トウルク城」です。13世紀の後半に、当時の支配国だったスウエーデンによって、建設されました。その後、数世紀にわたり「要塞」として使用されていました。スウエーデン王・グスタフ1世が活躍した16世紀が全盛期だったといわれています。

Dscn3986午後8時20分トウルク港発のタリンク・シリア・ラインの大型客船・バルチック・プリンセス号でスエーデンのストックホルム港に翌日の早朝6時10分に到着する予定です。乗船の1時間前には、港に着いていました。      つづく

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2014年9月19日 (金)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 7.

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 7.

Dscn3998私たちがフィンランドの港町・トウルクからスエーデンの首都ストックホルムまで、約10時間乗船するシリア・ラインの大型豪華船・「バルティック・プリンセス号」の紹介ガイドがあります。乗客を収容するのはデッキ5からデッキ9まで(大型船の5階から9階までという感覚)で、最上階のデッキ10は、ナイト・クラブと展望台です。乗客定員が2800人、客室数927です。全長が212m、全幅が29mで巡航速度は時速約40kmです。

この旅の申し込み時に、今回の旅仲間が阪急交通社のパンフレットの中で、「シリヤ・ラインの船室のグレード・アップ」の条項に気づいてくれました。一人8000円の追加料金の支払いで、「海側に面した11-18平方メートルの二人部屋を使用できる(通常の客室であるデッキ5-7ではなく、デッキ8-9のデラックス・キャビン)」ことが分かり、仲間全員がこれを利用しました。船内には、たくさんのレストラン、パブ、ピアノバー、免税店、ダンスホール、カジノやナイトクラブも揃っていましたが、デッキ10で、夜景を見ながらのお喋りで過ごしました。早朝5時からの朝食は、シャンパン付の「特別食」まで用意されていました。

Dscn3994ストックホルムで下船する港は、昔から「豊かな住宅が多い島」と呼ばれる

Dscn3992北側の島です。ここの北東に位置する「ヴァータハムネ

Dscn3995ン港」に午前6時半に着きました。ストック

Dscn3996ホルムは、14の島から成り立っていて、これらの島があるのは、琵琶湖よりも大きい「メーラレン」と呼ばれる湖です。市の中心にある北島と南島は縦横に橋で繋がれています。橋の近くには、遊園地もありました。

Dscn4001港からはバスに乗って、新市街の文化会館などのある「セルゲル広場」に

Dscn4063向かいました。次に旧市街「ガムラ・スタン」にある「ノーベ

Dscn4005ル博物館」を訪れました。ノーベル賞100周年を記念して2001年にオープンしました。ノーベル賞に関する各種の資料を展示して、歴代の受賞者の業績を紹介していました。ノーベルの肖像入りのチョコレートを販売したり、「ノーベル賞受賞祝賀晩餐会」で出されたデザートと同じアイスクリームが食べられるなど商魂も逞しいようです。  つづく  

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2014年9月22日 (月)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 8.

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 8.

Dscn4014中世の香りの残る旧市街のガムラ・スタンでは、最初に北側に位置する

Dscn4011「王宮」を見学しました。13世紀の中頃に建てられた王宮

Dscn4016は、1697年の火災で焼失しました。57年間

Dscn4008かけて1754年に建てられた三階建ての堂々たる建物は、イタリアのバロック様式とフランスのロココ様式を組み合わせているようです。代々王室の居城でしたが、1981年に居城は、ドロットニングホルム宮殿に移されました。この王宮西の中庭では「衛兵の交代式」が行われます。この日は海軍が式を担当し、翌日は陸軍の担当に変わるそうです。途中建物の間から緑色の尖塔を持つ「大聖堂」も遠望できました。

Dscn4002大聖堂のさらに南側にあるのが、「大広場」です。今では中世の色とりどりの建物群に囲まれている、カフェの多い憩いの場所ですが、「ストックホルムの血浴」が1520年に起こった広場でもあります。デンマークのクリスチャン二世の侵攻に抵抗した後のヴァーサ王の父親など90人あまりの貴族や高官が断頭台で処刑され、広場は血に染まったといわれています。

Dscn4017次に訪れたのがガムラ・スタンの北側に位置する赤レンガが印象的な「市

Dscn4019庁舎」です。東側にはストックホルム中央駅があります。ス

Dscn4024エーデンの建築家ラグナル・オストベリの設計で、12年かけて1923年に完成しました。北欧の中世風のデザインで、宮殿を思わせるたたずまいです。106mの塔・赤レンガの質感(レンガの壁面には小さな「敲き仕上げ」で、柔らかい音響効果を持つ)・ゴシック風の窓・ビザンチンスタイルの輝かしい金色の飾りなどが調和良く使われていました。市庁舎の南側は豊かな水のある風景でした。

Dscn4038見学のハイライトは、「黄金の間」で、1800万枚の金箔モザイクで飾られた

Dscn4030豪華絢爛の壁面です。ここは、ノーベル賞授賞パーティーの舞踏会広間として使われます。また、「青の間」というコンサートや式典に使われる大広間もありました。      つづく

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2014年9月24日 (水)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 9.

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 9.

Dscn4057_3バスが次に向かったのは、ストックホルム郊外にある世界遺産・「ドロットニ

Dscn4058ングホルム」宮殿です。33年前の1981年に子どもの教育を

Dscn4047考えたカール16世グスタフ国王が、居城を

Dscn4044ここに移したのです。16世紀には、王族の庭園や城がすでにありましたが、現在の3階建て220室の宮殿が完成したのは1756年です。王宮の設計者のニコデミウス・テシン父子は、イタリアやフランスのバロック様式の影響があったようです。

Dscn4050宮殿建築との調和の美が強調される「庭園」は、フランスのルイ14世のお

Dscn4053抱え庭師・ル・ノートルの影響を受けたといわれます。宮殿の前の池を含め、起伏がのびやかに広がる庭園は「英国式」といわれています。歩道に置かれたたくさんの彫像も印象的でした。

短時間、一般に開放されている「青の間(ブルー・ホール)」にも入りました。ノーベル賞授賞祝賀会にも使われるという1300名を収容できる大広間です。

Dscn4049監視にも充分気配りがあり、たくさんの衛兵も配置されていました。宮殿の

Dscn4054前に、いわれは不明ですが、貧弱そうな「ライオン像」も置

Dscn4052かれています。宮殿右側の奥には、「宮

Dscn4060廷劇場」も控えていました。   つづく

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2014年9月25日 (木)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 10.

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 10.

7月3日(木)は、ドロットニング宮殿見学の後は、中華料理の昼食後約1時間半の「自由時間」にガムラ・スタンを歩きました。その間に阪急交通社は、オプションで、「北のベニス運河クルーズ」を用意し、旅仲間の一人が参加しました。15時ごろ

Dscn4064バスで空港に到着し、17時35分スエーデンのストックホルム発のスカンジナビア航空機で、ノルウエーのオスロに向かいました。オスロ到着は、18時35分、空港近くにあってこの日の宿泊ホテルとなるトーン・エアポートに移動しました。

Dscn40987月4日(金)は、8時30分にホテルをバスで出発し、南西に位置する「フロ

Dscn4067グネル公園」に向かいました。この大きな公園の中に、ノ

Dscn4087ルウエーの彫刻家・グスタフ・ヴィーゲラン(1869-1943年)の作品のみを展示している公園に入場しました。彼の212点の彫刻は、約32万平方メートルの「ヴィーゲラン公園(別名は「彫刻公園」)という広大な土地に展示されています。錬鉄の鉄線と花崗岩で作られた正門も、見事な彼の作品です。緑の濃い森の中にありました。高さ17m、総重量260トンの花崗岩の塔に、老若男女121体の人間が刻み込まれているのが、この公園のシンボルで「モノリッテン」と呼ばれています。

Dscn4073モノリッテンに向かう歩道には、花壇や池も配置されています。彼の212点

Dscn4079の作品に彫られている人物(胎児や骸骨も含む)の総数は

Dscn4081650体を超えるようです。彫刻家のヴィー

Dscn4100ゲラン自身は作品の解説を一切拒否したそうですが、彫刻に輪廻を見る人や人生の縮図を見る人が多いようです。作品は歩道

Dscn4103の両側に次々と現れます。広く知られる人気の彫刻もあるようです。「子を

Dscn4088抱いた母親像」、「おこりんぼ(アングリー・ボーイ)の像」、

Dscn4099「窮屈」、「おじいちゃんと孫の像」、「家族像」などなど。最後は、121人で支える「モノリッテンの雄姿」です。         つづく

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2014年9月26日 (金)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 11.

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 11.

オスロの北西部にある彫刻公園から、次の南東部にある「オペラ・ハウス」までは、バスでもかなりの時間が掛かりました。その間、現地ガイド・かおるさんからいくつかの興味ある話を聞きました。かつて、ノルウエーの国教はカトリック教でしたが、現在の宗教はプロテスタントのルーテル派が主流になっている(数は少ないがイスラム教信者もいる)と。日本人から見ると物価が高い。最低賃金のベースもかなり高く、時給1600円程度(建設業の時給は約3倍の4500円程度)とのこと。平均した月給は男性70万円、女性60万円で、その中の45%は、税金となる(将来の年金分を含む)ようです。住宅の屋根に使われる光沢のある「瓦」は、オランダから輸入され、瓦屋根はこの国の金持ちのシンボルと見られるとのこと。

Dscn41065年間の年月を費やして2008年4月にオープンした「オペラ・ハウス」は、早

Dscn4108くもノルウエーのランド・マークになっています。大理石と、

Dscn4110ソーラ・パネルの機能を持つ巨大なガラス

Dscn4109のファサード(建物の前面)は、海面からそそり立つ氷山を想起させます。エジプトのアレクサンドリア図書館の建設なども手がけたノルウエーのスノーヘッタ社の設計で地上階の床面積は3万8千平方メートル(サッカー場の4面分)と巨大です。ホールの座席数は1350。

Dscn4113メイン・ホールのホワイエ(建物の玄関部分)は、石・ガラス・木などの自然

Dscn4114素材とコンクリートを主に用いていて、装飾は最小限に抑

Dscn4111えられています。外から射し込む光の変化を楽しめる設計です。室内からはフィヨルドのある風景も眺められます。35000枚を超える大理石のプレートを使用したといわれる屋根は、水面から続くスロープ状にデザインされていて、上まで歩きながら進めますので、散歩を楽しみました。上からは街を眺めたり、海を眺めたり、絶景を堪能できました。   つづく

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2014年9月29日 (月)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 12.

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 12.

Dscn4126バスはまた西に戻り、オスロ大学の北東側に位置する「国立美術館」を訪

Dscn4116れました。赤レンガの古びた建物は、1836年に建設されま

Dscn4119した。ノルウエーの画家・ムンクの代表作

Dscn4121「叫び」が展示されていることで有名ですが、彫刻を1900点、版画を含む絵画4万点を収集しているそうです。館内には、階段を上っ

Dscn4118て二階から入りました。ゴーギャン、ピカソ、モネやセザンヌの作品展示も

Dscn4125ありましたが、撮影許可の出ている部屋でグレコ、ルーベンスやフェルメールの作品を撮りました。入場料が無料の珍しい美術館だそうです。建物の前のスペースには、彫刻もいくつか置かれていました。

Dscn4135この美術館の近くに画家・エドヴァルド・ムンク(1863-1944年)の、代表

Dscn4143作・「叫び」の題材になった場所があるということで探しまし

Dscn4140た。小さな鉄板に「叫び」に描かれた顔が彫られていました。彼の日記には、「夕暮れに友人二人と道をあるいている時、突然空が血のように赤く染まった。疲れを覚えた私は立ち止まり、柵にもたれた。青黒いフィヨルドと町の上には、血の色に燃え立つ雲が垂れ込めていた。…私は不安に震え立ちすくんだ。果てしない叫びが自然をつんざくのを感じたのだった。」と、書かれています。ムンクの時代以降に造られた馬の像も置かれていました。

Dscn4128次は入場はしませんでしたが、美術館の近くで、西側に位置する「王宮」を

Dscn4129訪れました。資金不足から完成まで26年かかりましたが、1848年に完成した王宮は、現在もハーラル5世(1991年1月即位)の居城でもあります。王宮の前には、当時のスウエーデン王・カール・ヨハンの騎馬姿の銅像が建っていました。1814-1905年まで、ノルウエーはスウエーデンの支配下にあったためです。この日(7月4日)は、ハーラル5世の77歳の誕生日だということで、掲げられた王室の旗は、通常の4倍の大きさなのだそうです。   つづく

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2014年9月30日 (火)

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 13.

北欧4ヵ国周遊 10日間の旅 13.

Dscn4182国立美術館見学の後、オスロ市内で鮭料理の昼食を終えて、バスはオス

Dscn4176ロの北方170kmに位置するリレハンメルに向かいました。

Dscn4177木材業や製紙産業が盛んだといわれます

Dscn4146が、人口は僅か2万5千人という小さな町です。1994年2月に、第17回の冬季オリンピックを開催したことが、ここを有名にしました。それまで、オリンピックは、4年ごとに夏・冬同じ年に開催されていましたが、「2年後との隔年開催」を決めたので、この大会は前回のアルベールビル大会から僅か2年後に開催されました。

Dscn4149教会や緑豊かな森を過ぎて、バスは冬季オリンピックのスキー・ジャンプ競

Dscn4160技の会場となった滑降台の上に位置する高台に着きまし

Dscn4158た。ここから滑降台までは、歩いて下りま

Dscn4167

す。滑降台の横には選手輸送用に設置されたロープ・ウエイがいまも健在

Dscn4174で、観光客の施設見学用に使われていました。わが旅仲間も全員がこのロープ・ウエイからの景色を堪能しました。

Dscn4180滑降競技の着地地点の広々とした景色、ロープ・ウエイから振り返ったとき

Dscn4183に見える、滑降コース・観覧席・オリンピックのマークなど

Dscn4178が印象的でした。この競技会場も見学を終えたのは午後の7時ごろでしたが、外はまだ明るくて、北欧の夏を実感しました。近くのカフェテリアに立ち寄り買い物したをした後、宿泊ホテルのラディソン・ブルー・リレハンメルに着き、夕食をとりました。この地はオリンピック開催後も賑わいは続いているようで、ホテルは増築を重ねたのか、廊下が迷路のような部分もあって困りました。   つづく

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