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2014年6月25日 (水)

「日本現代史」 66. 1945-2001年(7)…沖縄…

海外ロングステイ先で歴史研究 138.として記述します。

☆ 「日本現代史」 66. 1945-2001年(7)…沖縄…

1969年(昭和44年)11月の佐藤首相とニクソン大統領の会談で、「1972年の沖縄返還」が決っていましたが、1970年の12月20日未明に、不幸な「コザ暴動」が起こってしまいました。米軍基地で働く沖縄の男性を、米兵の車がはねて怪我を負わせたのがきっかけでした。その9日前にも、糸満市で米兵が女性をはねて死なせ、米軍の軍事法廷が、「無罪判決」を言い渡していたのです。集まった多くの人たちが「また、同じことになるのではないか」という思いを持っていたのです。そのとき、すぐそばで別の米兵が事故を起こしました。さらに住民の怒りに火をつけました。怒った群衆に脅えた米軍のMPが威嚇発射をしたのです。

これが暴動を引き起こしてしまいました。群衆は5000人に膨れ上がり、駐車している米兵の車をひっくり返したり、放火したりしたのです。死者の出る惨劇にはなりませんでしたが、米軍側に61人、日本側に27人の負傷者が出てしまいました。

それでも予定通り、1972年(昭和47年)5月15日午前0時に、「沖縄が日本に復帰」しました。正しくは、米軍が政治を行う権限を、日本に返したのですから、「施政権の返還」と表現されるべきです。沖縄が米軍の支配下に入って、27年後のことでした。琉球政府は、沖縄県庁に移行しました。

返還当時は、円高が進んで米ドルの価値が下がった時代でした。1ドルは360円から308円に下がっていたのです。沖縄の住民が持っているドルの価値が低くなると住民が打撃を受けると、日本政府は考えました。復帰の前年の1971年10月に沖縄県内の全金融機関が突然閉鎖され、沖縄県民の持っているドル紙幣に朱肉のスタンプが押されました。この分だけを1ドル=360円の交換レートで、日本円に両替したのです。極秘作戦は、無事に終了しました。復帰に伴い、日本の自衛隊も沖縄に配備されました。旧日本軍に悪感情を持つ県民から反対の声もでましたが、強行されました。

復帰から6年後の1978年(昭和53年)7月30日に、沖縄の通行方式が本土並みの歩行者は右側・車は左側通行に変わりました。それまでは、米国方式を採用していたのです。    つづく

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