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2014年6月20日 (金)

「日本現代史」 63. 1945-2001年(4)…沖縄…

海外ロングステイ先で歴史研究 135.として記述します。

☆ 「日本現代史」 63. 1945-2001年(4)…沖縄…

1951年(昭和26年)9月の「サンフランシスコ条約」締結後も、米国の支配下に置かれた沖縄は、1952年(昭和27年)4月に、沖縄住民を代表する「琉球政府」が発足しました。米国は、限定的な住民自治は認めたのです。沖縄県議会に当たる「立法院」と、「裁判所」が置かれました。しかし、琉球政府は、あくまで米国民政府に従わなければならない存在でした。行政の長つまり県知事に当たる「主席」も、米国の民生副長官が任命したのです。1957年(昭和32年)からは民生長官と副長官に代わって、米国の最高責任者として「高等弁務官」が置かれ、「主席」は高等弁務官が任命する仕組みに変わりました。

そして、米軍の支配下で、「沖縄はすっかり『アメリカ』に変わった」のです。公用語は英語。通用する通貨は「米ドル」。車は右側通行。沖縄は「外国扱い」になって、日本の本土との往復にも、パスポートとビザが必要になりました。

1953年(昭和28年)4月、米軍は「沖縄の基地拡充」に乗り出しました。新たな基地建設のために「土地収用令」を公布して、沖縄住民の地主から土地を強制的に取り上げる契約を結び、基地を広げていきました。米軍の要求を拒否する者は、銃剣で脅し、抵抗する者は逮捕されたといわれています。抗議する沖縄住民に対し米軍は、「この島は米軍が血を流して日本軍から分捕ったものである。きみたちには、何の権利もない。イエスもノーもない」と、言い放っていました。

1954年(昭和29年)、米国は、強制的に契約させた土地の地代を20年間分一括して支払う「永代借地権」を取得しようと動き出しました。これに対し、地主はもとより、沖縄県民全体が激怒しました。「土地を永久に奪われる」と感じた人々は、各地で激しい抗議行動を展開しました。これは、沖縄の米国支配に対する初の公然たる反対運動の始まりで、「島ぐるみ闘争」と呼ばれました。   つづく

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