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2014年6月 4日 (水)

「日本現代史」 51. 1953-1973年(5)…高度経済成長…

海外ロングステイ先で歴史研究 123.として記述します。

☆ 「日本現代史」 51. 1953-1973年(5)…高度経済成長…

工業が成長した一方で、日本の農業は衰退に向かいます。農家の子どもたちは農業を継ぐことを嫌って都会に出て、サラリーマンになりました。また、農家の主人も、現金収入を求めて出稼ぎに出ることが多くなり、農地は「かあちゃん、じいちゃん、ばあちゃん」に任される「三ちゃん農業」の時代になりました。1960年(昭和35年)から1970年(昭和45年)までの10年間に、全国の農家の戸数は70万戸減り、全就業者に占める農業従事者の割合も、29%から16%まで下がったといわれています。また、残った農家の大半は、専業ではない「兼業農家」になりました。高度成長は、農業の味方ではなかったようです。

高度経済成長は、日本の「若者文化」を大きく変えました。1964年(昭和39年)に、若い男性向けに創刊された週刊誌・「平凡パンチ」は、ファッションや音楽などアメリカ流のライフ・スタイルを日本に紹介しました。「アイビールック」やVAN、JUNなどのブランドが流行し、「ジーンズをはくファッション」も、日本に定着することになりました。

1967年(昭和42年)英国の極端な細身の身体で短いスカートをはく、ファッション・モデルのツイッギーが来日しました。膝上15cmのミニスカートに、日本の大人たちは度肝を抜かれましたが、すぐに日本の若い女性たちの愛用品になってしまいました。1970年(昭和45年)に、「銀座の歩行者天国」が始まりました。1971年には、「銀座にマクドナルドが進出」し、ハンバーガーを歩きながら食べる若者の文化も全国に広まったのです。日本の食文化の常識が大きく変容する時期でした。   つづく

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