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2014年6月 3日 (火)

「日本現代史」 50. 1953-1973年(4)…高度経済成長…

海外ロングステイ先で歴史研究 122.として記述します。

☆ 「日本現代史」 50. 1953-1973年(4)…高度経済成長…

日本の爆発的な高度経済成長・神武景気は、1954年(昭和29年)に始まりましたが、1955年(昭和30年)には、通産省は「国民車」構想を打ち出しました。国民が所有できる自動車をつくれるようにメーカーに働きかけたのです。1958年には、富士重工が発売したエンジンの排気量が360ccの「スバル360」が価格面のメリットから人気を博しました。排気量が1000ccクラスでは、「トヨタのコロナ」と「ニッサンのブルーバード」が人気があり、頭文字「コロナのC」と「ブルーバードのB」をとった「BC戦争」と呼ばれる激しい販売競争が展開され、自動車産業は発展しました。乗用車が企業やタクシー会社のものとのイメージから、「マイカー時代」に入っていきました。

自動車産業の競争は、やがて企業合併や提携の動きに発展しました。1966年(昭和41年)、日産自動車とプリンス自動車が合併しました。また、同じ年、トヨタ自動車は日野自動車と提携し、翌年には今度はダイハツ工業とも提携して、両社はトヨタ・グループに入りました。

一方、造船など重機械産業では、「財閥解体」でいったん分割されていた旧三菱重工系の新三菱重工・三菱日本重工業と三菱造船の三社が、1964年(昭和39年)再び一緒になって「三菱重工業」になりました。さらに、GHQの命令で日本製鉄から八幡製鉄と富士製鉄に分割させられていた二社が、1970年(昭和45年)に合併して「新日本製鉄」が誕生しました。

さらに1971年(昭和46年)には、銀行業界六位の第一銀行と八位の日本勧業銀行が合併して、預金量が日本一となった「第一勧業銀行」が誕生しました。こうして、日本経済の発展と共に、企業は自力成長または合併で、企業規模を拡大していったのです。   つづく

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