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2014年5月30日 (金)

「日本現代史」 48. 1953-1973年(2)…高度経済成長…

海外ロングステイ先で歴史研究 120.として記述します。

☆ 「日本現代史」 48. 1953-1973年(2)…高度経済成長…

1958年(昭和33年)、日清食品が即席ラーメン・「チキンラーメン」を発売しました。当時、家庭でお湯を注げばすぐに食べられるラーメンは、画期的な発明だったのです。湯をかけてフタをし、三分間じっと待つことは、「三分間待つのだぞ!」の言葉とともに、日本中に普及しました。食品会社が次々に即席ラーメンを開発して参入し、これは、日本の「国民食」になりました。即席ラーメンは、日本の高度成長を支えた戦士たちの「戦陣食」の役割を果たしたといわれています。

1960年(昭和35年)7月に池田 勇人自民党総裁が池田内閣を発足させましたが、同年11月の衆議院総選挙のスローガンに、「皆さんの所得を10年で2倍にします。私はウソを申しません」を掲げました。安保改定をめぐって日本中が騒然とした後、岸 信介内閣に変わって誕生した池田内閣は、日本国内の人心の安定をめざして、「所得倍増計画」を発表しました。この計画を理論的に支えたのが元大蔵省のエコノミスト下村 治で、「適切な経済政策をとれば、日本経済が飛躍的に発展する」と考えていたのです。それでも、1956年(昭和31年)の経済白書に書かれた「もはや戦後ではない」から、4年経っていました。

所得を10年間で倍にするためには、年平均で7.2%成長する必要があります。この計画では、最初の3年間に年率9%の成長を設定し、10年間の平均伸び率を7.8%に設定していました。手始めに道路・港湾・下水などの公共施設に多額の資金を注ぎ込んで、経済発展の基盤を整備しました。

経済発展に必要な人材を養成するため、理工系の大学と学部を増やしました。また企業が経営規模を拡大するためには、その資金を銀行から借りなければならないので、国民に「貯蓄」を呼びかけました。政府が強気の経済成長を設定したことで、民間企業も安心して、「経済拡大策」をとって、生産を拡大しました。

政府のお墨付きを得て、労働組合も賃金の大幅引き上げを要求し、企業もその要求を満たしました。サラリーマンの所得も増えて、製品を買う経済的な余裕が生まれ、需要が急増した幸せな時代でした。   つづく

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