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2014年4月24日 (木)

「日本現代史」 25. 1951-2001年(5)…安保条約…

海外ロングステイ先で歴史研究 97.として記述します。

☆ 「日本現代史」 25. 1951-2001年(5)…安保条約…

1960年(昭和35年)6月18日に安保条約が自然成立し、岸内閣が退陣すると、日本は「政治の季節」から「経済の季節」に大きく変わりました。1960年7月に就任した池田 勇人首相は、「所得倍増論」を掲げて、高度経済成長路線をひた走りました。安保条約のもと、日本は米軍を駐留させることで、日本独自の防衛費に多額の資金を使う必要がなくなり、経済成長のために国家予算をつぎ込むことが可能になったのです。

安保条約に賛成した保守陣営は、「戦後日本の平和は安保のお蔭」といい、安保に反対した革新陣営は「安保反対勢力が歯止めになって、日本の平和が保たれた」といいます。米国は時として、アジア各国に、「日米安保で、米軍が日本に駐留することで、日本が強大な軍事国家になるのを防いでいる。」とも説明しているようです。

時代は下って1996年4月、来日した米国のクリントン大統領と橋本 龍太郎首相は、「日米安全保障共同宣言」を発表しました。この中で、「アジア太平洋地域」での有事の際に、日米両国が協力することが謳われました。安保条約では、協力する地域は「極東」だったのが、この宣言では「アジア太平洋地域」に拡大されています。新しい定義では、中東や西アジア地域まで、含められそうです。「日本を守るために日本に駐留する」と思われた米軍は、実はアメリカの世界戦略にもとづいて、中東までの広い範囲に出動するために駐留しているのです。

1999年5月に、「日米防衛協力のためのガイドライン関連法案」が成立しました。その中心は、「周辺事態法」です。この法律は、「日本の周辺の特定の地域」を指すのではなく、「周辺事態とは地理的概念ではなく、事態の性質に着目したもの」という説明を政府はしています。日本の平和と安全に重要な影響を与えることが起きたら、そこがどこであろうと、米軍を後方から支援する、というものだそうです。

2001年9月に米国で発生した同時多発テロに関して、「テロ対策特別措置法」が2001年10月に成立しました。自衛隊は、米国ばかりでなく、「テロと戦う国」の軍隊への後方支援が目的なら、インド洋にまで出動できることになりました。安保条約の意味は、明らかに変質してきています。

池上さんは、「第五章のその後」の中で、2008年9月に米軍横須賀基地を母港とする空母が、ディーゼル・エンジンの「キティホーク」から、原子力空母「ジョージ・ワシントン」に交代したと付記しています。米軍は、近年ライバルとする中国の軍備増強が著しいので、「太平洋での覇権」の維持に力を注いでいるとのことです。   つづく

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