水元公園訪問記 「小合溜」
水元公園訪問記 1.として記述します。
☆水元公園の中心となっているのは江戸時代の治水工事によりできた「小合溜」です。
東京都立水元公園は1965年に開園されましたが、私はいままでに数回訪れた経験がありました。規模の大きな楽しい公園だった記憶があります。今回は前の訪問と違って、「葛飾区の観光資源」という面からもチェックしたいと考えました。
JR常磐線の「金町駅」から北に向かい、水元中学校近くの小合溜(内溜)方面から入園します。駅からは約2.5キロで決して近くはありません。
小合溜(内溜)には、釣り桟橋と呼ばれる水際に、たくさんの釣り人が糸をたれていました。小合溜は1952年からは「釣仙郷」との別名もあるそうです。一般公募で決まった名前だそうです。
小合溜の歴史は、徳川家康の時代まで遡ります。流路を変更された利根川の下流部(古利根川)は水量が減り、農民は水の確保に難渋しました。その対策として農民は付近にいくつかの堰を設けて「水を溜める溜井」を造って水田用水を確保しました。
ところがある年利根川の氾濫で、この付近は大洪水にあってしまいました。八大将軍の吉宗が治水対策を講じることを命じて、享保13年(1728年)紀州藩の土木技師・井沢弥忽兵衛の尽力もあって、新しい溜井ができました。それが今日の原型になったようです。
1940年に、紀元2600年事業として、水元公園の建設が計画されていましたが、戦争の影響で中断し、整備は1952年まで遅れました。
前と同じように公園に入る前に、媼(おうな)二人が切り回している近くのソバ屋「柳亭」で昼食をとりました。客の少ない店ですが、温かみを感じられる店でした。「今年は蜜柑の育ちがいい」との話でした。 つづく
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